ガンチュー(その5)2005年06月21日 19:25

 いつものように看護婦さんが麻酔薬を点眼してくれた。
ちょっと滲みる。初めての先生から”ガンチュー”の声が
かかった。”上を向いて下さい”丁寧な口調だ。・・・が、
針が入ってこない。”どうしたんだろう?”不審に思って
思わず下に視線を落とす。

 なんと、そこには震える針がどうしようかとためらって
いるのが見えた。どうやらこの先生は、生身の人間の
目玉に針を射す(ガンチュー)のは慣れていないらしい。
あとで分かったことだが、先生は慶応病院のインターン
だったらしい。

 視力のない時の”ガンチュー”は怖くはなかったが、
視力が回復してからの”ガンチュー”は恐怖であった。
しかし、主治医の手際の良い作業のおかげで、あっと
いう間に通り過ぎた。

 ところが、このインターンの先生の時は、震える針が
おそるおそる自分の目玉に接近して来るのだ。後ろで
二人の看護婦さんが押さえていなければ、私は逃げ
出していたことだろう。毎週火曜日と木曜日は地獄の
拷問となった。一刻も早く抜け出さねば・・・。

 恐怖の日々を送っているうちにも、視力は順調に回復
していった。入院した時、目の前が真っ暗(視力ゼロ)
であったのが、今では”0.1”位まで回復していた。
視力は”0.1”もあれば、十分日常の生活はできる。
廊下ですれちがった人が誰であるかはわからないが、
みんな優しいいい人に見える。眼は、あまり見えすぎ
ない方が幸せかも知れない。

 入院してから三ヶ月、主治医も驚いていた。一年は覚悟
しろと言われていたので、私自身本当に嬉しかった。さら
に嬉しかったことは、入院費が健康保険で賄え、給料が
まるまる貯まったことだった。退院時は新調したスーツを
着て、笑顔で病院を後にした。

 主治医の石川先生、献身的に身の回りの世話とマンド
リンの指導をしてくれた看護婦さんたち、互いに励まし合
った同室のみなさん、そして何度も見舞ってくれた大勢の
友人。ただただ、感謝あるのみであった。

 これが私の恐怖の”ガンチュー”経験である。