「典故300則」その2582013年06月01日 15:53


 今日の言葉は“牙慧:ヤーホイ”。“牙”は歯のこと、“慧”は智恵や知識の

こと。では“牙慧”は?

 典故300則その258:牙慧 ya hui

 “牙慧”は“牙后慧”ともいい、ご存知の通り古くさい言論を喩える。南宋の

頃、中軍の殷浩は《易経》と《老子》を良く学び、また能弁でもあった。 康伯

は彼の甥で、彼は康伯をとても可愛がっていた。

 ある時、殷浩は康伯について語った。“康伯未得我牙后慧。” その意味は

:康伯は私の話を鵜呑みにしない。(受け売りで繰り返したりしない。)

 後の人は“牙慧”、“拾人牙慧”を他人の話を聞きかじったり、僅かな知識を

いかにも自分の見解とすることの喩えとした。

「典故300則」その2592013年06月02日 08:20


 目の薬、生き馬の目をぬく、岡目八目、二階から目薬、目には目を、目の敵、

目の上のたんこぶ・・・etc、日本には“眼”にまつわる言葉はとても多い。今日

のテーマは“眼の中の釘”である。

 典故300則その259:眼中钉 yan zhong ding

 宋朝に丁谓という男がおり、この男は多くの悪事を働き、その中でも人を最

も酷い目に遭わせた一件は宰相の寇准を押しのけて失脚させ、自らが宰相

に就いてしまったことだ。

 当時、庶民の間でこのような囃子ことばが流行った。“天下を鎮めたいなら、

目の仇(丁谓)を排除すべきだ。:天下を正したいなら寇准を呼び戻すしかな

い。”

 “眼中丁”は後に“眼中钉”と書き換えられ、心底憎む事を喩えるようになっ

た。

「典故300則」その2602013年06月03日 08:32


 今日の主人公は唐の高級官僚にして詩人の“王维”。同時代の李白が“詩仙”、

杜甫が“詩聖”と呼ばれ、そして彼は“詩仏”と称された。

 典故300則その260:阳关三叠 yang guan san die

 “阳关”即ち“阳关曲”、“三叠”とは三度復唱すること。“阳关三叠”とは琴(七弦

琴)の曲で、歌詞は唐代の詩人王维の詩《送元二使安西》であり、全曲は以下の

通り。

 “谓城雨浥轻尘,客舍青青柳色新。劝君更尽一杯酒,西出阳关无故人。”

朝からこの渭城に降っている雨が、黄塵をしっとりうるおしている。今、別れの宴

をはる旅舎の柳の色は、一際めだって緑を増している。これより遠く安西へ旅立

つ君よ、さあ、もう一杯盃を重ねたまえ。ここから西、陽関を出れば、酒を酌み交

わすべき知友もいないだろうから。

 詩の中には、ごく普通の別れの情が描写されており、長い間連綿と人々に歌い

継がれている。