「典故300則」その2832013年07月01日 11:41


 今日のテーマは喜びの極みを表す言葉、“狂喜乱舞”や“欣喜雀躍”など喜び

のあまり踊ったり跳ねたりするのだが、“折履:下駄の歯を折る”とは、如何なる

ことか。

 典故300則その283:折屐 zhe ji

 屐は底に二本の歯の付いた木の靴(下駄)のこと。晋朝の谢安は武帝の宰相

であった。当時、前秦の符坚が百万の大軍を率いて晋を攻めてきた。谢安は甥

の谢玄に八万の兵馬を率いさせ、応戦に派遣した。谢安の采配が当を得たこと

により、晋軍は意外にも前秦軍を打ち破った。

 晋国が勝利した知らせが建康に届いたとき、谢安はちょうど友人と碁を打って

いた。 谢安は勝利の知らせを見てから、無造作になり、おざなりに碁を打った。

友人は怪訝に思って彼に尋ねた。“先の戦いはどうなりましたか?”谢安は意に

介さぬかのように言った。“子供達が前秦を打ち破りました。” 谢安は顔色一つ

変えない(不动声色)ふりを装っていたが、内心は一刻も早く大喜びしたかった。

 碁を打ち終わると、彼は家族に勝利の知らせを告げに急いだ。 あまりに興奮

していたので門を潜る時敷居に躓き下駄の歯を折ってしまった。 その後“折屐”

は大喜びしている様子を形容するようになった。

「典故300則」その2842013年07月02日 09:44


 今日の主人公は東晋時代(365-427)の文学者陶淵明、中国の代表的詩人

である。台頭してきた秦に迫害された賢者たちは、みな世の中を避けて山奥

に逃れた。人々は晴耕雨読の暮らしをし、互いに助け合い、圧政に苦しむ事

もなく自由な暮らしを愉しんだ。 陶淵明は人里離れたこの地を理想の地とし、

“桃源郷詩”を詠んだ。

 典故300則その284:折腰 zha yao

 晋時代の詩人陶淵明は気骨のある人で彼はこれまで上司に諂うことをしな

かった。彼が彭泽の県令を勤めていた時、ある日部下が彼に言った。“郡主が

県の視察に来るようですので、急いで身なりを整えてお迎えに行かれては。”

陶淵明は答えた。“私は五斗の米の為に恭しく出かけて、田舎の小役人(君子

でもない人)に傅くことはできない。”当時の県令の俸禄は五斗の米であった。

 その後、陶淵明は結局官職を辞して隠棲した。 “折腰”とは腰を屈めて礼を

すること。以来人の顔色を見ながら事を進めること、他人に傅くことを喩えるよ

うになった。

「典故300則」その2852013年07月03日 07:25


 中国古代の名医といえば後漢末期(西暦200年頃)の“華陀”であり、彼はあ

の時代 既に麻沸散(まふつさん)という麻酔薬を用いて頭部の外科手術をして

いたという。 今日の主人公“扁鹊”は“華陀”を遡ること約千年、春秋時代に活

躍した名医である。

 典故300則その285:症结 zheng jie

 言い伝えによると、戦国時代扁鹊が若い頃、かつて民間医の长桑君と親しく

交友していた。长桑君が年老いてからその医術を扁鹊に伝えた。その後扁鹊

は骨身を惜しまず医学書を読んで研究した。

 聞くところによれば、彼は病人を一目見れば、たちどころに五臓六腑の患部を

見極めることができた。その通り彼は病人の腹の中の凝りを見つけ薬を施すと

次第に病を癒した。彼が治療した病人は数知れず(不计其数)神医と呼ばれた。

 “症结”の本来の意味は病人の腹の中に出来た腫瘍のことだが、その後仕事

の判断がつかない処や問題解決のキーポイントを喩える言葉となった。