国立療養所久里浜病院(その5)2005年11月06日 21:02

 彼の葬儀を終えて3日目の朝だった。今まで、三回に
渡る夫の入院にも義父の葬式にも、そして最期まで話し
合いを願っていた夫の葬儀にも、一切音信不通であった
奥さんから電話が入った。

 用件は、何と彼の退職金の請求であった。私は驚いて
しばらく言葉が出なかった。もちろんお礼の言葉も一切
ない。単刀直入に、どうすれば夫の退職金が支給される
のかを淡々と、極めて事務的に確認してきた。多分全て
弁護士に指示されてのことであろう。

 私は思わず怒りが込み上げてきたが、ここで爆発させ
るわけにはゆかない。大きく深呼吸をして、こちらも極く
事務的に答えた。お悔やみを述べた後、彼の戒名を聞
いてみた。もちろん答えられるわけがない。請求のため
こちらに見えられる時には、奥さんであることを証明でき
るものをお持ち下さいと伝えた。

 奥さんは、すぐに必要な書類を揃えて小躍りして(私
にはそう見えた)やって来た。夫が亡くなってから10日
も経ってはいなかった。奥さんは必要な手続きを手際
良く済ませると、そそくさと帰ろうとした。

 私は彼女を引き留め、夫の最期の職場を見ていって頂
きたいと、彼のデスクに案内した。机には彼の筆記用具
や使いかけのノートなどの遺留品がたくさん残されてい
た。私はそれらを全てダンボールに詰めて彼女に渡した。

 そして机の上に飾ってあった小さな鉢植えを、生前彼が
世話をしていたものなので、どうかご主人だと思って大切
にしてあげて下さいと渡した。その後どうなったのか・・・。

 ”色不異空 空不異色 色即是空 空即是色”