「典故300則」その1572013年02月04日 08:46


 日本では貴人の先導をする者を“露払い”と呼ぶ。土俵入りに臨む横綱を

先導する力士、旗を持ってチームの先頭に立って行進する旗手も“露払い”

だ。少しくだけた言い方で“お先棒担ぎ”などとも言う。

 典故300則その157:马前卒 ma qian zu

 昔、武将が戦に出征したり、役人が出かける時、馬の前にいつも大声で

先導する露払いや兵卒がおり、その者は“马前卒”と叫んだ。

 以来、“马前卒”は旗を持って喚声をあげ、他人のために提灯を持つ者を

喩えるようになった。

「典故300則」その1582013年02月05日 09:27


 権力に阿ることなく、一命を賭して自身の信念に従って行動できる剛直な

者。 佞臣に目と耳をふさがれた愚昧な皇帝に、勇気を振り絞って正論を持

って諫める功臣。中国史上、そんな人財がいかに多く佞臣の毒牙にかけら

れたことか。

 典故300則その158:骂座 ma zuo

 漢朝の灌夫は剛直で、彼は酒を好み、諂う者に会うことを嫌った。 丞相

の田鼢は考景皇后の弟で、容貌は醜くかったが、雄弁で道理をわきまえて

いた。灌夫は彼のことをあまり好まず、二人は以前から対立していた。

 ある時、田鼢は燕王の娘を妻として娶り、太后が諸侯と家族みんなに祝賀

に来るよう求めた。灌夫も参列した。席上、灌夫が立ち上がって祝杯を挙げ、

一同皆席を離れ床に伏した。

 灌夫が酒を捧げる時、田鼢がそこに座り言った。“満杯で、もう飲めない。”

灌夫はとても腹を立てた。灌贤正が祝杯を待っている時、彼と程不识がひそ

ひそ話をしていて、席を離れなかった。

 灌夫は酒の勢いで、“いつもお前が程不识に言っていることは一文の値打

ちも無いぞ、今日は先輩の祝い酒だというのに、お前はまるで小娘のように

程不识と内緒話をしている。”と毒づいた。 田鼢は大いに怒って“骂座不敬”

という罪名で灌夫を拘禁した。

 後に、“骂座”、“使酒骂座”は大酒を飲んで勝手にわめく者、また剛直不屈、

権力を恐れぬ者を言う。

「典故300則」その1592013年02月06日 19:37


 今日の主役は屈原、端午の節句の生みの親である。有能で清廉な彼は佞臣

の讒言によって王に追放され、失意の余り投身するまでの心境を謳った長編詩

“離騒”は今も中国の人々の共感を得ている。

 典故300則その159:苗裔 miao yi

 戦国時代、楚の国の詩人屈元が《离骚》という詩を書き、その中の一節に“帝

高阳之苗裔兮,朕皇考曰伯庸。”その意味は、私は古の皇帝高阳氏の子孫で

あり、既に逝去した父の名は伯庸という。

 “苗裔”は“苗胤”を生み、“苗末”、“苗绪”は子孫を喩える。