「典故300則」その142 ― 2013年01月20日 22:56
今日の言葉は“空門”、この世の物一切を“空”と考える大乗仏教の教えだが、
後に転じて仏教の総称となった。釈迦の死後、釈迦の教えを忠実に守り、自らを
厳しく律し過酷な修行を積んだ者だけが極楽浄土に行けるとする小乗仏教に対
し、人は誰もが仏になる種子を持つ存在であるとするのが大乗仏教である。
典故300則その142:空門 kong men
仏教では、観察諸法“空性”をもって仏門に入信したとみなし、後世では仏教を
“空门”と称す。なぜならば仏教は目に見える世界は皆偽りとみなし、偏見を取り
除く必要があり、空によって涅槃(生死を超越した世界)に至り、空をもってその門
に入信する。《大智度论》の中に“涅槃の領域には、いわゆる空、天相、天作の三
つの門がある。”“空”即ち“空門”は仏門のことである。
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